2012年6月6日水曜日

淡窓詩話(6)

淡窓詩話(6)は、柳宗元(字は子厚)についての論評です。


柳子厚は文に長したる人にして、韓柳並び稱すること、古今の通論なり。詩は全く文の餘事なり。集中の詩、僅に百六十餘首あり。然れども其結構精密なること、言語に絶えたり。古人之を韓詩に配し、或は韓が上に在りと云へり。韋柳並び稱することは、二家皆古詩に長し、皆六朝を學び、冲澹を旨とする處、相似たるが故なり。


柳が才と學と、固より韋が及ぶべき所に非ず。然れども韋が詩は、天然の妙處、人工を假らざる所あり。且つ溫厚和平の旨に叶へり。故に人往々之を柳より勝れりとす。之を人才に譬ふれば、田文が呉起に勝れるの類なるべし。


陶柳並び稱することあり。東坡に始まりなるべし。是れ平淡清遠の中、風骨峻峭なる處あるを取りて稱するものなり。朱子曰、「學詩須陶柳門庭中。不然無蕭散冲澹之趣。不促於塵埃。無古人佳處。」也と、予極めて此語を愛す。嘗て此語を書して座右に掛けたり。是れ人の予が五家を宗とするの説ある所以なり。又嘗て陶を以て祖とし、王孟韋柳を宗とし、一祖四宗の言あり。是れ其流派の傅來する所を品評するものにして、我詩の祖宗とするには非ず。聞く者誤り認むべからず。