2012年6月9日土曜日

淡窓詩話(9)

問 詩は禪の如し悟を得るに在りと。小子輩如何なる處に力を著けて悟を得べきや。

2012年6月8日金曜日

淡窓詩話(8)

淡窓詩話(8)

○問 先生「論詩」詩の結末の、「誰明六義要。以起一時衰。」とあり。如何なる處を以て、今時の衰を起し玉ふや。

2012年6月7日木曜日

淡窓詩話(7)

淡窓詩話(7)は、高青邱についての論評です。

2012年6月6日水曜日

淡窓詩話(6)

淡窓詩話(6)は、柳宗元(字は子厚)についての論評です。

2012年6月5日火曜日

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淡窓詩話(5)

淡窓詩話(5)は、韋蘇州についての論評です。

2012年6月4日月曜日

淡窓詩話(4)

淡窓詩話(4)は、「孟浩然」についての論評です。

2012年6月3日日曜日

淡窓詩話(3)

淡窓詩話(3)は、
「○問 先生陶王孟韋柳の詩を好み玉ふと聞及べり。五家の妙處及び長短、何れの處にありや。」について、王維(字は、摩詰)に関しての論評です。

2012年6月2日土曜日

淡窓詩話(2)

○問 先生陶王孟韋柳の詩を好み玉ふと聞及べり。五家の妙處及び長短、何れの處にありや。

陶王孟韋柳の五家、予其詩を愛して之を諷詠すること、頗る熟せり。然れども其詩を詩法として之を學ぶには非ず。凡そ古今の人相及ばず。且人々の天分あり。強て古人を模倣することあるべからず。予が五家の詩に於ける、享保の人の于鱗を學び、近人の放翁を學ぶなどとは、大に同じからず。若し我門に在る者、是等の詩を模倣して、是れ我師の流派なりと云はば、大に予が本意に背くことなり。先此意を熟知すべし。

2012年6月1日金曜日

淡窓詩話(1)

淡窓詩話」は、広瀬淡窓が門下生の問いに答えて、詩の本質、作詩の方法や心得、詩の味わい方などについて語ったものを、養子、広瀬青邨が明治初年に編集したものです。
原文は、カナまじり文ですが、ここでは、すべて平仮名表記にしました。

【作者小伝】
広瀬淡窓(ひろせ-たんそう)(1782-1856) 江戸後期の儒者・漢詩人・教育家。豊後国日田の人。名は簡、のち建。字は廉卿、のち子基。淡窓と号す。1817年豊後日田郡堀田村に私塾、咸宜園(かんぎえん)を開き、敬天を旨とする教育を行う。門下に高野長英・大村益次郎・長三洲等を輩出す。安政3年(1856)歿、75才。