淡窓詩話(3)は、
「○問 先生陶王孟韋柳の詩を好み玉ふと聞及べり。五家の妙處及び長短、何れの處にありや。」について、王維(字は、摩詰)に関しての論評です。
王摩詰が詩は、陶を學びたるものなり。其佳句多くは陶が語を敷衍(フエン)せり。孟子の論語の義を述べ、荘子の道德經を述べたるが如し。其句は予が隨筆に一二を擧げたり。故にここに略す。王は景を寫すに巧なり。古人之を「詩中有レ畫」と云へり。予が見る所を以てするに、古今景を寫すの妙は、少陵摩詰の二家を最とす。
杜王皆景を寫すに巧にして、其趣同じからず。杜は體物に精し。風雲雨雪よりして草木禽蟲に至まで、皆其體貌を寫し、又其精神を寫す。形容微細にして、毫釐
(ゴウリン)を極めたり。王が景を寫すは、寫意を主として、微細に及ばず。貴ぶ所は風神に在り。其一二を擧ぐれば、杜が「穿
レ花蛺蝶深々見。點
レ水蜻蜓款々飛。」、是れ其意、蝶と蜻蜓との情態を形容して、其精微を極むるに在り。王が「漠々水田飛
二白鷺
一。陰々夏木囀
二黃鸝
一」は、其意鷺と
〓(ウグイス)に在るに非ず。只水田林木の夏景愛すべきを寫すに在り。杜が「返照入
レ江翻
二石壁
一。歸雲擁
レ樹失
二山村
一」は、是れ返照歸雲を形容するものなり。王が「雲裡帝城雙鳳闕。雨中春樹萬人家。」は、雲と雨とを形容するに非ず。唯春望の賞すべきを云ふのみ。其他皆然らざるはなし。詩を學ぶ者、二家の佳句を熟讀し、又其立意の同じからざる所を味ふべし。
〓の字は下記画像参照
王は諸體皆長ぜり。其詩李杜に及ばずと雖も、亦相抗するに足れり。清人に唐人を品して、李杜王の三家を主とする者あり。其言過譽に非るなり。