2017年5月1日月曜日

淡窓詩話(其一之三)

前回取り上げた『淡窓詩話』の続きです(原文の画像は、国立国会図書館デジタルコレクションの画像を参考にしてください)。

前回の質問は、

○長允文問 詩ヲ學ブニハ。諸體何レヲ先ニ學ビ。何レヲ後ニスベキヤ。

でした。今回は、この質問への回答の最後の部分になります。

【前回までの原文】
詩ヲ學ブノ前後。童子無學ノ輩ハ。先絶句ヲ學ビ。次ニ律詩。次ニ古詩ナルベシ。若シ學力既ニ備リテ。而後ニ詩ヲ學ブ者ハ。古詩ヨリ入ッテ律絶ニ及ボスベシ。古詩ヲ先ニシ律絶ヲ後ニスルハ。本ヨリ末ニ及ブコトナレバ順ナリ。律絶ヲ先ニシ古詩ヲ後ニスルハ。末ヨリ本ニ及ブコトナレバ逆ナリ。事ハ順ニ如クハナシ。然レドモ古詩ハ學力ナケレバ。作ルコト能ハズ。故ニムコトヲ得ズシテ律絶ヲ先ニス。亦所謂倒行逆施ナリ。

我邦ノ人。詩ヲ學ブニハ。律絶ヲ先ニシテ古體ヲ後ニシ。書ヲ學ブニハ。行草ヲ先ニシテ楷隷ヲ後ニス。是レ其志速ニ成ルヲ求ムルニ在ツテ。遠大ノ慮ナシ。漢人ニ及バザル所以ナリ。

古詩ヲ學ブニハ。五古ヲ先ニスベシ。七古ハ才力富健ナルニ非レバ。作ルコト能ハズ。若シ七古ヲ學ババ。初メヨリ長篇ヲ作ルハ惡シ。先十二句十六句二十句迄ノ處ヲ作リ。能ク其意味ヲ得タル上ニテ、長篇ヲ作ルベシ。才力ナクシテ作リタル長篇ハ。散緩冗弱ニシテ。運動ノ勢ナシ。蛇ノ胴中ニ疵ヲ受ケタルガ如シ。誠ニ厭フベキノ至リナリ。五古ノ長篇モ。大略之ニ準ズベシ。

【今回の原文】
當今三都ニ於テ流行スル體、七絶ヨリ盛ナルハナシ。是レ貴人又ハ豪富ノ町人ヲ、其社中ニ引入レンガ爲メノ計策ナリ。如此ノ輩、纔ニ素讀ヲ爲シタル位ノ事ニテ、詩人トナラント欲ス。故ニ絶句ヲ外ニシテハ、力ヲ用フベキ處ナシ。盟主タル者、其情ヲ知リタル故ニ、詩ノ妙ハ絶句ニアリト稱シ、古今ノ詩集ヲ抄録スルニモ、七絶ノミヲ取リテ世ニ行フ。但相手ノ多クシテ、其書ノ行ハレ易カランコトヲ冀フナリ。識趣鄙陋ナリト謂フベシ。

諸體何レモ其妙處ニ至ルコトハ難シ。試ニ童蒙初學ノ爲メニ、入處ノ難易ヲ序デハ、絶句五律ヲ易シトシ、五古七律ヲ中トシ、七古徘律ヲ難シトスベシ。

【拙訳】
近頃、三都で流行している詩といえば、七言絶句だけが流行っているようです。これは諸大名や富裕層の人々を、その社中に入れるための策略なのです。このような輩は、わずかに詩が読める程度で詩人になったつもりで、絶句以外のことには興味も示さないのです。各団体の主宰者は、その実情を心得ているから、漢詩の妙所は絶句にありと宣伝し、古今の詩集を抄録するときも七言絶句のみを掲載して出版している有様です。これは、団体への参加者をただ多くして、その出版物が容易にできることだけを考えたやり方です。この行為は「識趣鄙陋」と言うべきでしょう。

漢詩の形式は、どの形式であってもその妙所に至ることは簡単ではありません。とはいえ、このままでは学習が始まりませんから、初心者向けに学びやすい順序は次のようになるでしょう。最初に絶句五言律詩から入るのがよろしいでしょう。その次に五言古詩七言律詩を学び、それから最も難しい七言古詩徘律へと進むのがいいでしょう。

【語釈】
三都=江戸・京都・大阪のこと。
社中=吟社と呼ばれ、詩を作る人の団体のことを言う。
識趣=見識と趣味。
鄙陋=程度が低く、見識などがあさはかなこと。
排律=絶句や律詩と同じく近体詩の一体。律詩の首聯と尾聯を除く間の各聯(対句となる聯)が六句以上のもので最低でも十句以上となる。長律とも呼ばれる。


今回のキーワード

淡窓詩話,広瀬淡窓,漢詩,絶句,律詩,古詩,五言古詩,七言古詩,七言絶句,五言律詩,七言律詩


今回の独習で使用したテキスト

『日本古典文學大系94 近世文學論集』中村幸彦(校注)(1966年)岩波書店
『新字源』小川環樹・西田太一郎・赤塚忠(編)(1968年)角川書店


今回の独習で参考にしたサイト

『漢詩作法入門講座』(URL:http://kansi.info/
『国立国会図書館デジタルコレクション』(URL:http://dl.ndl.go.jp/

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