古人の論、固より當否あるべし。予淺學にして、廣く古の詩話等を閲すること能はず。閲することあるも、記憶するに暇あらず。今一二心に記したるものを擧げて云はんに、少陵が「關塞極レ天惟鳥道」（「秋興八首之一」昆明池水漢時功。武帝旌旗在二眼中一。織女機絲虛二夜月一。石鯨鱗甲動二秋風一。波漂二菰米一沈雲黑。露冷二蓮房一墜粉紅。關塞極レ天惟鳥道。江湖滿地一漁翁。）の二句を明人妙結と云へり。予が見る所を以てするに、此二句斷えて味なし。結末に至つて計窮し、對結を以てまぎらすたるものなり。全く「英雄欺レ人」の手段なり。少陵は窮するときは必ず對句を用ふ。猶ほ太白が歌行に長語を雜ふるが如し。又「江漢思レ歸客。乾坤一腐儒。」（「江漢」江漢思レ歸客。乾坤一腐儒。片雲天共遠。永夜月同孤。落日心猶壯。秋風病欲レ蘇。古來存二老馬一。不三必取二長途一。）と云ふ起句を宋人撃節したり。是亦强對にして味なし。唐詩選の「主人不二相識一。」（「題二袁氏別業一」主人不二相識一。偶坐爲二林泉一。莫二謾愁(一レ)沽レ酒。囊中自有レ錢。）の五絶、天下に傳稱する處なり。如レ此粗俗拙惡の作は、五尺の童と雖も能すべきものと思はる。凡て唐詩選の中にも惡作多し。枚擧するに暇あらず。王昌齢が「荷葉羅裙一色栽」（「採蓮曲」荷葉羅裙一色裁。芙蓉向レ臉兩邊開。亂入二池中一看不レ見。聞レ歌始覺有二人來一。）の詩、醜惡の極なり。高廷禮が品彙に之を選みたるは何ぞや。詩の道に達したる人とは言ひ難し。少陵が「風急天高」の詩（「九日」風急天高猿嘯哀。渚淸沙白鳥飛廻。無邊落木蕭々下。不盡長江滾々來。萬里悲レ秋常作レ客。百年多レ病獨登レ臺。艱難苦恨繁霜鬢。潦倒新停濁酒盃。）を明人古今七律の第一と稱せり。予が見る所を以てするに、三四の一聯取るべし。全篇は甚だ粗作なり。明人の詩論、取るに足らざるもの極めて多し。白樂天が「朝露貪二名利一。夕陽憂二子孫一。」の句を、乾隆大に稱して、淵明に似たり云へり。如レ此至俗の句は、樂天にも亦稀なるべし。何の淵明に似たることかあらん。黄山谷が「人得二交遊一是風月。天開二圖畫一卽江山。」と云ふ句を、甚だ得意して、屢〻書して人に示せし由、甚しき俗句なり。如レ此の類、追〻に思ひ出して之を擧げば、如何程もあるべきなり。若又古人の稱せざりし佳句を擧げば、誠に多かるべし。然れども予が所見廣からず。古人何れの處に於て賞したらんも計り難し。何ぞ遽に吾獨り知れりとと言ふことを得んや。故に姑く之を略す。
