2013年6月22日土曜日

江戸詩人選集〈第7巻〉野村篁園・館柳湾

岩波書店「江戸詩人選集〈第7巻〉野村篁園・館柳湾」


江戸詩人選集 全10巻。品切重版未定。古本での入手となります。

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【岩波書店 紹介文より】
野村篁園は昌平黌で教鞭をとった幕府の儒官.その深い学識と詩才により,官学派詩人の中心的存在となり,本格的な長詩と,邦人には稀な填詞を得意とした.新潟生まれの館柳湾は江戸に出て亀田鵬斎に学んだ.柳湾は晩唐の詩人杜牧を愛好し,絶句や律詩を得意とした.後世永井荷風ら愛読者が少なくない.2人は対照的な詩風である.

野村篁園・館柳湾の略伝




【野村篁園 略伝(コトバンクより)】
野村篁園(のむら こうえん)。(1775-1843)、江戸時代後期の漢詩人。
安永4年生まれ。幕臣。古賀精里(せいり)にまなび,のち昌平黌(しょうへいこう)でおしえ,天保(てんぽう)3年幕府儒官となる。江戸時代最高の填詞(てんし)作家といわれる。古賀侗庵(どうあん),小島蕉園(しょうえん)らと詩社をむすんだ。天保14年6月29日死去。69歳。名は直温(なおはる)。字(あざな)は君玉。通称は兵蔵。別号に静宜軒。詩集に「篁園先生詩集」「採花集」など。


【館柳湾 略伝(Wikipediaより)】
館柳湾(たち りゅうわん、宝暦12年3月11日(1762年4月5日) - 天保15年4月13日(1844年5月29日))は、江戸時代後期の日本の漢詩人・書家である。
本姓は小山氏、養子となって館を名乗る。名を機、字は枢卿、通称を雄次郎。柳湾の号は、故郷である信濃川河口の柳のある入り江に因んでいる。別号に石香斎・三十六湾外史などがある。
当時の詩壇の趨勢は、大振りで華やかな唐詩から写実的で清新な宋詩へと流行が移り変わろうとする時期であったが、その中において柳湾は中晩唐の高雅典麗な詩風を好み、絶句集をさかんに刊行した。杜牧、温庭筠、李商隠、韓偓などの影響がみられ、平易で澄明な詩風が大いに人気を博した。
明治以降、柳湾は忘れられた詩人となったが永井荷風によって再評価される。荷風は柳湾の詩を「江戸名所の絵本をひらき見るの思あり」とし、近代フランスの叙情詩に匹敵するとその著『葷斎漫筆』の中で絶賛している。


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