【訓読文】
【作者】
唐彦謙(とうげんけん)=(?〜?)。晩唐の詩人。字は茂業。
まず最初に漢和辞典の「新字源(角川)」を使って平仄を調べて見ます。
(起句) 柳短莎長溪水流 ●●○○○●◎ 仄仄平平平仄平(尤韻)
(承句) 雨微烟暝立溪頭 ●○○●●○◎ 仄平平仄仄平平(尤韻)
(転句) 寒鴉閃閃前山去 ○△●●○○● 平両仄仄平平仄
(結句) 杜曲黄昏獨自愁 ●●○○●●◎ 仄仄平平仄仄平(尤韻)
起句の第二文字目が仄字ですから詩形は「七言絶句仄起式」となり、その平仄式は次の通りです。
(起句) ●●○○●●◎韻
(承句) ○○●●●○◎韻
(転句) ○○●●○○●
(結句) ●●○○●●◎韻
転句を除く押韻句の第七文字目は同一韻で押韻しなければなりませんでした。さらに、各句の二文字目、四文字目、六文字目の平仄は容易に動かすことができません。また、起句と結句では四文字目の「孤平」に注意しなければなりませんでした。
そして、それ以外の一文字目、三文字目、五文字目は上の規約を守った上で一三五不論となります。ここでは、「渓」「雨」「烟」の三文字が、その規約に該当します。
さて、平仄を調べると上のような結果になりましたが、ここまでの道程は決して平坦ではありませんでした。
まず、これらの文字の中で「長」字は容易に平字であることがわかります。
「長」:「ながい」の意味のときは陽韻の平字、「おさ」「としうえ」の意味のときは養韻の仄字(年長・長幼など)。「あまり」の意味のときは漾韻の仄字(冗長・長物など)
一方、「暝」と「鴉」はちょっと苦労しました。
「暝」字は最初に部首が「目」の「瞑」字に誤っていたため大混乱です。まず、本来、仄字でなければならない第四文字目が「平字」になってしまったからです。
そこから色々調べ、まず、文字の誤りに気づきました。しかし、それでも「暝」字を「くらし」と読んでいるので、その意味で辞典を調べると平字の「青韻」になってしまったのです。
そこで、「詩韻含英異同弁」で調べて見ることにしました。すると、青韻の所では「晦暝」と用例が出ていて、「徑韻微異」と記述されています。そこで徑韻のところを調べると「夕也。青韻微異」と記述されていました。
どうやら、わずかな意味の違いで徑韻(仄)か青韻(平)かが決まるようです。そこで手がかりとなる「晦暝」を調べると「まっくらな夜」の意味であることがわかりました。それに対して徑韻の場合の「くらい」は夕方のぼんやりした「くらさ」であることがわかりました。
さらに、現代の強力な道具であるインターネットで調べると、微妙なニュアンスの違いはあるようですが、「烟暝」は「もやがたなびく黄昏どき」、また、「暝烟」という語もあり、こちらは「夕方のもや」といったような意味であることもわかりました。さらにさらに私も所持していない「佩文韻府」もインターネット上で閲覧できるので、調べて見ると徑韻の「暝」の項目に「烟暝」がちゃんとありました。また、用例として孟浩然の「宴包融宅詩」というものが例示されていました。
以上のことからも「暝」字は仄字で間違い無いようです。「新字源」も紙面の都合上、こうした全てのことを記述することはできませんが、きちんと夜と夕の区別がある旨は書かれています。特に同訓異義語を調べるとそうした違いがよくわかると思います。
次に「鴉」の字ですが、こちらは、深刻です。「新字源」では、平仄両用になっていました。そこで、上の記号も「△」にしていますが、これは「○」が正しくて、仄用はないようです。
「新字源」を利用する上での注意点に平仄両用となっている文字が多いという点が上がられます。これは「大漢和辞典(通称、諸橋大漢和と呼ばれている大部な漢和辞典です。私も所持していますが、最近は、ほとんど使っていません。大部なもので多少使っているのは広漢和辞典です)」が余りにも多くの文字を平仄両用とし過ぎた点を踏襲したためです。
では、なぜこんなことになったのか先ほどの「詩韻含英異同弁」の「麻韻」にある「鴉」字を見ると「本雅に作る、鳥也、馬韻雅の字と通ず」と書かれています。
これは「鴉」の古字が「雅」で、意味が通じるということみたいです。但し、韻は異なります。つまり「鴉」は平字です。それでは、なぜ「雅」が「鴉」かというと、右のつくりが「隹」と「鳥」で、昔は、「雅」が「からす」のことだったようです。また「牙」の部分は鳴き声からきているみたいです。
このあたりの漢字そのものにまつわる部分を調べるともっと面白い発見があるかもしれません。
以上、平仄について調べましたが、その前提に「平仄式」があり、また、道具としての漢和辞典(私の場合「新字源」)があって、はじめて調べることができます。ただ、現代人のための漢和辞典ですから「鴉」の字のような漢詩にとっての誤りの部分もありますが、それを補うための資料としての「字源」「詩韻含英異同弁」「両韻便覧」などの書籍、さらにはインターネットで閲覧できる無限と言ってもいいほどの膨大な資料があるので、もっとも身近にある辞典としては、私の場合「新字源」で十分だと思います。
では、次の記事で、また、お会いしましょう。
失礼します。
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