2019年2月23日土曜日

『三体詩』より「長渓の秋思(唐彦謙)」の検詩(其の三)

【訓読文】

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さて、平仄、漢詩の規約「同字重出を忌む」、句中対、重言などについて学習してきました。その過程で幾度も漢和辞典を調べましたが、今度は、詩の意味を調べて見ます。

  • 秋思=秋のさびしい物思い。秋の悲しみ。
  • 寒鴉=冬のからす。寒いときのからす。
  • 黄昏=たそがれ。夕方のうすぐらい時刻。
  • 独自=自分ひとり。単独。

○ 以上の語は、『新字源』を調べれば、すぐにわかります。ただ、これだけだとわからない語の方が多く見えます。

○ でも、実際は、もう少し調べればわかる語もたくさんあります。
例えば、「柳短」は、簡単で予想もつきやすいですが、一応、調べた結果として考えると、「柳」は辞書に「落葉高木」と出ています。そして詩題に「秋思」とありますから、季節は「秋」でしょう。となれば、秋になって柳の木が落葉して寒々とした姿になっていることを意味してるでしょう。

○このように考えれば、いくつかの語は、やはり『新字源』で十分に調べることができます。

  • 柳短=秋に柳が落葉して短くなっている。
  • 莎長=莎(ハマスゲ)が秋にかけて長く伸びている。ハマスゲは、夏から秋かけて伸びる。
  • 渓水流=「渓」は、たに、谷川。「水」はかわ、河川の総称。なので、谷川の水が流れていることを意味する。
  • 雨微=「微雨」の語があり、そぼふる雨、こさめ、ぬか雨、となっています。「雨微かに」と訓むので、秋の小雨と解釈できるでしょう。
  • 煙暝=「煙」はかすみ、もやの類。「暝」は、くらい。ですから、もやで薄暗いことを意味するでしょう。
  • 立渓頭=「頭」はほとりの意味ですから、谷川のほとりに立つ、となるでしょう。
  • 前山去=『新字源』には、「前山」はありませんが、「前川」があり、前方の川、と出ています。ならば、前方の山、ということになり、からすが前方の山に帰ることを意味するでしょう。季節は秋、時間的には夕方を考えています。
  • 独自愁=ひとりうれう。ひとり思いに沈む。

○さて、残る語は、つぎのものです。

  • 長渓
  • 閃閃
  • 杜曲

○このうち「閃閃」は、『字源』に出ていました。

  • 閃閃=ちらちらとひかりかがやく貌。動きひらめく貌。とありました。ここでは、からすがひらめき飛ぶさまを言うのでしょう。

○さて、残りは、古書や解説書から調べることになります。「古書」が手元にあれば、それを利用すればいいのですが、「三体詩」の古書などは種類も多く、解釈のないものもあります。

○そこでインターネット環境があれば、「国立国会図書館デジタルコレクション」を利用するのが簡単かつ安価でしょう。私も日常的に利用しています。入手困難な貴重書も見ることができ、とても便利です。

  • 長渓=杜曲の長渓なり。
  • 杜曲=長安にあり。

○となり、要するに「杜曲」のあたりに流れる谷川が「長渓」となり、「杜曲」は地名で、杜氏が多く住んでいたのでこの地名になった、と解説がありました。

○さて、さらにインターネットを使って調べて見ます。まず、地名である「杜曲」を調べて見ました。

○「杜曲」は、古地名で、現在の陝西省西安市長安区にあるそうです。さらに、唐代の貴族である杜氏がこの地に住んでいたので、「杜曲」と名付けられたそうです。

○その「杜曲」にあった河が「長渓」なのでしょう。Googleマップで調べると、「潏河」という河が近くを流れていますが、詳細は不明です。

○さて、まとめると、こんな感じですかね。

「長溪での秋の物思い」

秋、柳が短くなり、莎が伸び、溪河はいつものように流れている、
秋の雨が微かに降り、夕暮れのもやで辺りは暗く、そんな中溪河のほとりにひとりで立っている

夕暮れに、からすはひらめき飛び、前方の山にある住処に帰っていき、
杜曲でのたそがれ、私ひとりが思い沈んでいる。

○センスがないので、こんな解釈になりましたが、インターネットで調べれば、もっといい解釈がたくさん発見できるかもしれません。

○最後に、記事とは関係ありませんが、近作です。

「詩に別才あり」と言われますが、その通り私も菲才ゆえ、作詩は一向に上達しませんが、逆に私の程度が分かりやすので、詩を載せてみます。

本ブログ初公開の拙作です。

春寒 梅、未だ発(ひら)かず、 草屋 窓を閉じて幽なり。
偕老 茶を煎ずる処、 相看る 双白頭。


では、次の記事で、また、お会いしましょう。
失礼します。

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